サンマリノは、世界で5番目に小さな都市として知られており、現在でも人口は30000人程度しかいない国です。

バチカン市国の様な拠点としての機能を持っている都市でも無く、歴史的に古く続いているという共和国として観光産業で成り立っている国であるため、これといった有名人がいるわけではありません。

強いて挙げるとすれば、サンマリノの代表として戦ったことがあるアンディセルヴァがサッカー選手として、サンマリノの名前を世界に伝えたと言えます。

出身がローマであるため厳密な意味でサンマリノの人間ではないのかもしれませんが、代表選手として決勝点を挙げた唯一の人物として知られています。

この様な小規模な国では、国家元首が非常に大きな兼職や財力を持っていることが少なくないのですが、同国においてはその様なシンボルとなる存在はいないのが特徴的です。

共和国憲法によって国家元首が二人と定められているため、二人の国家元首がいることも珍しいのですが、日本における国会議員に当たる大評議会が指定する民間人に明が指名される点が非常に特殊です。

政治家と言うわけでもない二人が、わずか半期という短い人気の中で国家元首を務めることによって独裁政治や腐敗から守るという仕組みになっています。

また、もめごとが起きた時の裁判も、外国人が行うという非常に変わった仕組みを採用しているのです。

そのため権力が集中する人物も存在せず、国家を象徴する人物の姿が見えてこないのがこの国の特徴なのです。

現代の有名人ではありませんが、この国の歴史を語る時に外すことが出来ないのは聖マリノのぞんざいです。

伝説においては、西暦301年に迫害から逃れるために、この地に来たことが同国の歴史の始まりであったとされています。

その時に聖マリノがはなった「あなたたちを何者からも解放する」という言葉に多くの人は救われ、そしてそれを守ってきました。

上記の人気半年の交代制の代表制度も、この考え方の名残であり、13世紀から続いている同国の文化なのです。

これは気かなる場合も独裁を許さないという仕組みを体現したものであり、教えに基づいた仕組みなのです。

サンマリノは、その歴史の深さから近隣諸国からも尊敬されており、歴史的な列強からも従属を求められたり併合されることまで現在に至ることが出来ています。

この様な意味では、建国の基礎を築いた聖マリノこそが最も有名人として知られるべき人物であると考えることが出来ます。